[489] 春花

たがやし いちろう : 2005/10/23 (Sun) 14:23:33


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●続きを描く
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「あの風が…私とあなたを繋いでくれたんです…」
 
もう何百年の時を見つめて来たのだろう…そんな遺跡同然の薄暗い寺院の床に、少女は血まみれになって倒れていた。
 
「私が、今、こうしているのも…全ては…あの日、あなたの背中が…私に語りかけてくれたからなんです…」
 
全身に青黒い痣をつくり所々血の道を走らせていた。満身創痍だった。だが少女は上体を起こし前に立つ男を見上げている。ダランと垂れ下がった肩を庇いつつ、もう一方の腕でガクガクと震えながらも必死に体を支えていた。
時折血の咳を苦しそうに交えながらも少女は必死になって男に語りかけている。苦悩の表情。喘ぎ、泣きそうになりながらもそれでも語ることをやめない少女の表情は決して傷のダメージから来る物ではなかった。
 
哀しみ、憤り、そして信頼
 
目の前で不気味に立ち尽くす男への心からの訴えなのだ。ずっと憧れ続けていた。越える事すら敵わないと思いながらも、それでも絶対の目標として見つめ続けた。時に密やかな想いを抱きながら少女の全身全霊を以ってただ一人だけを見続けていたのだ。
 
その人が、今、彼女の前にいる。
 
漆黒の胴着に包まれたその体からはハッキリと目で確認できる程の圧倒的な光が…男を舐りつけるようにネットリと纏わりついては大気中へと霧散し…溢れ出ていた。
 
「お願い、リュウさん…目を覚まして…あの獣の言葉に囚われないで!」
 
リュウさんという声に男の体が反応する…だが、僅か一瞬。戦いに身を置きその瞬間を命と引き換えに見極めて来た者だけにしか判らない一瞬…その反応に僅かの期待を込めながら何度も彼の名を呼びつづけているのだが…その瞬間が以前に増して見極めづらくなっている事を少女は感じていた。
 
「あの獣の殺意に染まってはダメ!…リュウさんなら戻ってこれる…戻って…こられる…」
 
咳の頻度、そして混じる血が増えてきている…叫ぶ事すらままならなくなっているのだ。だが、少女は喋る事を止めない。
 
「あなたがずっと歩んできた道…拳を交えてきた人達…」
「仕合が終わった時、何時だってあなたは…その背中で語ってきたじゃない…あの日だって…語ってた…私…覚えてる…」
 
(覚えている…私、絶対忘れない。あの日の出会い…)
 
 
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瞼を閉じれば見えてくる…妖艶な薄紅に視界の全てを遮られる程、見事な春の花共の宴の中で寡黙に互いを打ち合う男達。春に似合わない程の高く澄み切った空の元、薄紅の舞台で仕合う男達の競演は天地開合の舞踊さながらに荒々しく、そして気高かった。丁度期末試験で徹夜明けの寝ぼけ眼を擦りながらの登校途中だったというのに、遠くから見える二人の舞の魔力で眠気なぞどこかに吹っ飛んでいた。そして気付けばいつもの通学路を外れ、彼等の息遣いが聞こえる距離まで近づいていたのだ。
 
筋が縮み、弾け、肉は打たれ、耐える。息もつかせぬ連撃と窒息しそうな程の沈黙…挙動の全てに意味があり、無駄なものなど何一つ排除された、究極の駆け引き。全身の脈動の一つ一つが少女の背筋をジンジンと共鳴させ鼓動は臨界寸前…気付けば喉は干上がり、肩で息を付くほどの緊張を強いられていた。男達は互いにピクリとも動かなくなっている…
 
と…
春の突風が薄紅色の花弁を吹雪と変えた
 
白胴着の男が宙を飛び、対する赤胴着の男が深く腰を落とした…(やられるっ!)…白の男が頂点に差し掛かり、赤の男の四肢が伸び上がり、はじけた…(赤の勝ち?!)…だがそれはフェイント、赤の男の攻撃をすんでで避けつつ白の男は赤の背後にスルリと収まった。
 
そこから何が起こったのか、少女には判らなかった。白の男が何か叫んだかと思ったら赤の男が突然宙高く舞っていたのだ。
 
(はぁ…)
 
今になって初めて自分が息を止めつづけていた事に気付く。あれほど長く感じた仕合がその実、自分の呼気一拍にも経たない内に終っていたという事実に頭がクラクラしてきた…いや、これは只の息切れか?仕合中感じていたのとは違った心の高まりを鼓動が加速していく。血が沸騰してる位に体が火照っている。自分の中の全てが今、この瞬間に塗り潰された感覚。突然に生まれ変わった気がした。
ふと気付けば白胴着の男が赤の男を起こし、一言声を掛け立ち去る所だった。少女はまだ早鐘を鳴らし続ける鼓動を手で押さえながらその後姿を見守る。
 
「良い仕合だったな」
 
彼はそう言い残した。そしてその背中には打ち伏せた相手に更に高みへと上って来い、お前とまた拳を交えたい…そう語る暖かい春の陽気のようなやさしさと求道者としての峻厳さがあった。決して越えられない絶壁の山。だが、人はいつか必ずその頂きを制覇しようと矮小な自己を練磨し昇り出すのだ。
 
やがて…
春の突風が優しい風へと変わっていく
 
細長い布切れが風に舞って少女の手元に落ちてきた。白胴着の男がしてたハチマキ…少女は決意した。
 
 
私も あの山を 昇ろう
 
 
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「邪魔だ、消えよ」
 
リュウを包む殺意の波動が更に強烈に波打ちだす。「哈!」という掛け声。その一瞬の気合だけで少女は落ち葉のように吹き飛ばされた。肺から息が搾り取られる。肋骨が数本イった…もしかすると刺さったかもしれない…激しい咳と共に大量の血が口から飛び出した。
 
もうダメだ…もう私じゃこの人を止められない…諦めの言葉が彼女の頭の中を占拠してきた。言葉は尽きた。身を以って正そうとした…それで今のザマだ。もうこれ以上どうしろというのか?いつも戦う事の意味に悩み、道を求め続けて来た私の心の師。やがて自らの道を振り返り、道の険しさに苦悩して来た私の一番大好きなあなた。
 
これまでどんなに辛く苦しい時でも決して見せなかった筈の涙が頬を伝わるのが判る。
 
(もう……いいよね…)
 
気力だけで支えてきた腕も限界だ
 
(充分頑張ったよね…)
 
上体が崩れる
 
(私…疲れちゃった…)
 
やがて…瞼が、落ちた
 
 
 
 
 
「雀の分際で鳳凰の行く方を邪魔しようとは笑止」
 
少女が崩れたのを見、背中を向けるリュウ。
 
「我は破壊者、拳を極めし者なり!何人たりとて我を倒す者なし!」
 
 
 
 
 
遠くでリュウの声がぼんやりと聞こえてくる。まだ死んではいないらしい。
 
「我を倒そうと為す者を我は屠らん」
 
結局どう転んでもリュウはリュウなのかと思う。戦って戦って…それでもまだ戦って…。足音と共にリュウの声が次第に遠くなっていくのが判る。
 
僅かに動く頭を上げ漆黒に包まれた彼の背中を見つめる。涙で…中々像が合わない…。
 
「そして、全てを闇に滅さん」
 
次第に像が合ってきた…「滅」…背中に浮かぶ文字が見て取れた。
 
「終ぞ、我に並ぶ者なし」
 
「…−−う…」
 
少女のか細い声にリュウの足が止まった。
 
「鳴かねば打たれぬ物を」
 
「…−がう…」
 
再び少女に向って歩き始める。
 
「…ちがう…そうじゃ…ない…」
 
もう意識が朦朧としている筈だ。声だって殆ど聞き取れない位にか細い。だが最後にこれだけは伝えておかなければいけない事がある…
 
「私…ずっと…あなたを…見て…いた…」
 
ずっと見続けていたのだ。ギャラリーから話を集め、彼の消息を辿りながら脳裏に刻まれたあの日の彼の姿を真似て修行を積んだ。ずっとずっと彼の後ばかり追い、その人と成りすら掴み、やがては彼の心も垣間見る事できるようになった…と思う。
 
「ずっと…好き…でした…」
 
素直な気持ちが口に出た。でもいいのだ、それは。だってそれは言いたい事の一部でしかないから。
リュウが彼女の傍らに来てた。足を振り上げ踏み潰すつもりだ。
 
「だ…から…判る…あなた…は…間違って…る…」
 
「…」
 
足の動きがピタリと止まる。
 
「好き…は…一人じゃ…ダメ…仕合…も…一人じゃ…ダメ…」
「何も…なくちゃ…何も…できない…誰も…いなくちゃ…何も…できない」
「私の…大好き…な…あなた……戦っても…戦っても…戦い…続ける…ヒト」
 
肺の傷みがだんだん判らなくなってきた。でも、これで喋るのが辛くなくなる。もう何も出来ない身だ…最後に言葉だけは…この想いだけは…伝えきりたい
 
「でも…あなたは…リュウは…背中で…語るの…」
「もっと高みへ…俺と…一緒に…昇ろう……って」
 
彼の足跡を辿る中で彼のライバル達は仕合の様子をいつも悔しそうに、けれども無邪気な表情で語っていた。そして最後に皆が皆口をそろえて言うのだ…もう一度彼と戦いたい…と。
 
もう手足は動く気配すらない…でも精一杯、例え気持ちの中の姿であっても…彼の傍らに立ち、その両頬にそっと手を添えながら少女は極上の笑みで彼を包み込んで言うのだった。
 
「私…あなたの…すぐ傍まで…昇っていきたい……です…」
 
だから
 
「もう一度…言って…背中……一緒に…昇ろう…って……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
も う 一 度 … 私 の … 大 好 き な …
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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彼は歩き続けていた。長く険しい道だった。
何時の日かその先に何があるのかすら忘れてしまうほど遠い遠い道だった。
そして彼は見つけた。目的地を。
 
だが…そこは何もなかった。闇。それだけが支配する酷く陰鬱な場所だった。
偶に誰かがそこに近づいてきた。しかし直ぐに誰もが恐怖の面持ちで消え去っていった。
 
彼はじっと闇を見つめていた。ここに欲して止まないものがあったのだ。誰かがそう言ってた気がする…あるいは自分がそう思ってたのか?
 
そんな時だった。その香りが流れてきたのは。とても懐かしい香り…故郷の匂いがする…なんだったか、この匂いは…いつも鍛錬しか頭になかったからそんな基本的な事すら忘れてしまった。
 
 
確か…
 
 
背後に風を感じた。つむじ風。そして風は一片の、薄紅色の花弁を彼の手元に運んできてくれた。
あぁ…今、思い出した…この匂いは…俺の故郷そのものだ…これは…
 
 
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春風紫雷。今年も春が来た。思いがけない突風が隙あらば女子学生のスカートを狙ってくれるハッピーアクシデント万歳な季節だ。思いがけない大粒の雨で制服を濡らすっていうオプションだって、ある。更にはドドーンと雷がなったら「キャッ」とか「イヤッ」とか黄色い可愛らしい声までついちゃってモー正にウハウハな季節だったりするわけである。
 
そして今、正にそのウハウハ満載の女子校生がココ、東京都世田谷区にいた。
 
今年も温暖化激しい昨今のご多分に漏れず暖かすぎる春を迎え、いつもはこの時期花見で込み合っているこの場所も既に花は落ち、葉っぱばかりとなってしまったせいか木々に寄り付くものは毛虫ばかりといったお寒い状況なのである。
そんな新緑萌える公園のど真ん中で、少女は雨の中煌く雷をバックに背負いつつ(悲鳴は上げないのだっ!なんたること!)、バタバタとスカートを風の為すが侭にはだけさせていた。いや、正確に言うとまだ足りない。少女は妙な風体の男と先ほどから雨の中ジーッと対峙してるのだ。
 
「もう、動けるのか?」
 
「モチロン!」
 
へへーっとまるで少年のように悪戯っぽく少女は笑い、男は軽く、だが優しく笑った。
 
「…以前、ここで仕合った事がある」
 
「知ってる」
 
ほぉ…という顔で少女を見返す男。少女の表情に若干の照れくささが加わった。照れが収まらないのか鼻面を掻きだす。
 
「そうか…あの時はとても美しかった…散ってしまっているとは残念だ」
 
「散ってないよ」
 
「?」
 
「だから、まだ散ってないよ」
 
男は不思議そうな表情で少女を見つめ…そして不意を衝かれたように笑いはじけた。
 
「ハハッハハッ!なるほどっ、そうか!そうだったな!ハハハハハハ!」
 
自分の言った台詞のあまりの臭さと自意識過剰な台詞の深読みで更に照れが進み…真っ赤な顔で仏頂面をする少女。
 
「兎に角っ!約束!動けるようになったら仕合してくれるって!」
 
判ってる判ってる、と笑いを留めきれずに答える男を睨みつけながら…今日何度目かの…ハチマキを絞め直す。ギュッ!よしっ!
 
「じゃ、行くよ!」
 
口元に笑いの残滓を留めながらも男の目はいつもの表情…理知的な肉食獣の如き瞳…を湛える。空手型に近いものの、幾種もの格闘技を取り入れた独特の構えと小刻みなステップで少女に正対する男。注意深く観察すれば彼の体を包む白胴着がそれほど濡れていない事が判るだろう。自身が最も得意とする気功法の応用で体中に気の流れを作り雨粒を服から微妙に弾き返している事からもその手並みが相当なものだと見て取れる。
 
正対する少女はそれに臆する事無く猫科の捕食者の瞳で男を見据えていた。彼女も錬度は低いが男同様に服の濡れを最小限に押さえている。
 
「では、行くぞ」
 
互いの顔からふざけた部分が全て消し飛んだ。と同時にダッシュ!
 
 
 
「春日野サクラ!いきまーす!!」


[490] Re: 春花 : たがやし いちろう : 2005/10/23 (Sun) 01:43:06

長い上に面白くなかった…。一番の見せ場で全然話が熱くならなかったのが予想以上に痛いなぁ。ま、久々に絵よりもストーリー先行の絵描きになったんで、これまた久々に文章に落とす。演出を勉強するってどうやって勉強すればえぇんやろね。


[491] Re: 春花 : たがやし いちろう : 2005/10/23 (Sun) 12:45:32

一日置いて見ると改めて長いなぁ…。これを後2,3回連続してやれば誰もこの板見に来てくれなくなりそうだw後、Airのパクリだとは思ってたが改めて一部Airだと思う。トレース能力はないが次はFateあたりのパクリで頑張ってみればいいと思う。熱いのはイイ。