[543] あるご婦人の述懐

たがやし いちろう : 2006/05/24 (Wed) 02:12:46


1148404366000.png (74456 B)
●続きを描く
1148404366000.png

え?ストリートファイト?えぇ、確かにやってた頃はあるわよ。
モチロン刑事だったから、そこらのチンピラみたいに誰彼かまわずって訳じゃなかったけどね…。沢山の人と仕合って沢山の拳を交えてきた…。え?そうよ。あの頃、私は父を…たった一人の肉親を死に追い遣ったある組織を追ってたの。仕合はその延長線上での止むを得ない選択肢だったと今でも思ってるわ。でも…その何ていうのかしら、中には…ほんの一握りだったけども純な気持ちで仕合える相手と巡りあう事もあったわ。
ふふ…あの頃はこれは仕事だって言いながらも結局は心のどこかで自分は強いんだっていう自惚れをもってたのよね…初めて彼…え?…えぇ、そう、貴女の追ってる人…。
ん?ふふふ…いえ、何でも。貴女、可愛いなぁって思って…
あ!ごめん、別に馬鹿にした訳じゃないのよ?…と、そうそう、彼の事ね。…強かった…。その、なんていうのか…腕前とかそういうのじゃないのね…こう、例えその時勝てたとしても、きっと直ぐにもっと強くなって打ち負かされそうな…そんな強さ。魂の強さ…かな?まだ今は弱いかもしれないけど自分はその高み…必ず辿りつく高みを知ってるっていうようなそんな感じの拳だった。
いつも仕合う度に拳から彼のもどかしさが伝わってくるの。
自分はもっと強くなれる筈だ…こんなのはまだまだ本当の高みじゃない…ってね。仕合ってて正直こっちが疲れちゃうようなそんなもどかしさをいつも感じたわ。そういえば…さっきの貴女からもちょっとだけ、そんな感じ、したかな?
??…何ニヤついてるの?…変な娘。ま、彼について私から言えるのはそんな所ね。気が済んだかしら?そろそろ私…え?最後の質問?……ま、いいわ。何を聞きたいの?素敵?笑顔が?ま、やだ、煽てたって何もあげないわよ!
ふふふ…まぁ、でも、ちょっと嬉しいわね。素敵かどうかは判らないけど、仕合をする時には私、いつも笑っていたいと思ってる。それもやっぱり仕合を通して実感できた事なんだけどね…貴女もいつかそれがきっと判ると思うわ。いい?よく聞きなさい。昨日負けた相手に勝ちたいだけなら方法は幾らだってあるわ。幾らでも、ね?結局勝ち負けなんてのは只の形にすぎないの。貴女からみれば勝ちでも私からみたら負けだって事だって多々あるのよ。そして究極的に勝ちつづける為には最後には心を悪魔に売るしかなくなるの…。あの男のようにね…。だから勝つ事を捨てるの。勝つ為に仕合うんじゃない、語り合う為に仕合うの。拳を交わし、相手の心を受け入れ、自分をさらけ出し…そして互いを許しあう……。
どんなに打たれようと、ミジメな姿で這いつくばろうと、お互いの心を通わせ得た…それだけが唯一無二の真実。だからどんな結果になろうと心を通す事ができた仕合が出来れば私はとっても嬉しいの。だから、もし貴女に私の笑顔が素敵にみえたのなら、きっと私が貴女の事を好きになれたって証拠よ。
…私もそう思ってるからきっと私、今とても素直に笑えてると思うわ。忘れないで、お嬢さん。拳は相手を傷つけるだけのモノじゃないのよ?もし貴女が心を通わせたい人がいるなら…って貴女くらいの女の子じゃ変な話かもしれないけど…その相手と真剣に心を開いて打ち合う事ね。そうね…私の感じでは……案外脈はありそうよ?
…って、もしかして信じた?
 
 
 
 
 
 
そういいながらむくれた私を残し…透き通る凛とした声で笑いながら…彼女は去っていった。立ち去る瞬間「彼に逢ったら伝えて…求めるモノはいつだって今の貴方の傍にあるんだって」と言い残し。
結局その言葉を彼に伝える事ができたのは彼女が危惧した事態を彼が迎え、私が彼女の笑顔の本当の理由を知った後の事だった。